兵庫県議会議員 石川憲幸(いしかわのりゆき)の公式サイト
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選挙にでるまでの経緯

男の決断-運命が変わる時 石川憲幸 (五)

 平成十一年、新しい年の幕開けに石川さんは明確に公約を打ち立てた。これからの自治体は自分で考え、自分で行動する力が必要。お年寄りを大切にする福祉、女性に関わりの深い環境、若い世代に夢を与える経済。これらの三本柱をスローガンに自分が旗を振るからみんなで後押しをしてほしい。僕に知恵と力を借してくれ!できんことは言わない。とにかくみんなと一緒にやりたい!自立と共生をバックボーンに、もはや、ゆるぎのない石川さんがそこにあった。前春日町長の荻野政一さんが無条件で後援会長を引き受けてくれたのをはじめ、JC時代に御世話になった元氷上高校教諭の波多野林一先生がその心意気に感銘して選挙百日ボランティアを申し出てくれるなど、徐々に後援会の輪が広がっていったのが大きな戦力となった。

 かくして選挙戦の火ブタは切って落とされた。住民たちが百人、二百人と自発的に応援に駆けつけてくれた。せめて昼食の弁当を用意したいと石川さんは言ったが、買収になってはいけないと差し控えた。「それなら村のみんなに頼んで炊き出しをやってもらおう」と中山区長の細見茂久太さんが提案した。気の毒がる石川さんを「あんたは黙ってみとけばよろしい。余計なことを考えず、一人でも多くの人に気持ちを分かってもらえるよう、それだけを考えて力一杯戦って下さい」

 大勢の人たちがこう言ってくれるのを聞いて、石川さんは男泣きしたい気持ちだった。(そうか、オレはもう、自分だけのオレじゃない。この人たちが連いて来てくれる限り、進めるだけ、まっすぐに進むだけだ)ムラムラと闘志が湧いてきた。石川さんは大学時代のマンドリンをやる前からスポーツが好きだった。中学は野球部でならし、大学卒業後はゴルフで活躍、県で三本の指に数えられるほどの腕前となり、神奈川県国体にも出場した。ゴルフはいかにミスを少なくしてスコアを伸ばすかというスポーツだ。自分をコントロールしてハンディ・1までのし上がった石川さん。(よし、選挙もとことん、自分と戦ってやる)信念に燃えて、ひたむきに、丹波中を駈けめぐり、訴え続けた。途中、なぜか石川さんのポスターが集中してはがされるという事態がおきた。会社のサイロから火災が発生するという不運にもみまわれた。だが、ひるまなかった。有権者・五万八千人-一人でも多くの人に自分を知ってもらうには、何事も気にせず、制限時間を一分でも無駄にすることなく、活用するしか道がなかった。街頭演説が一日四十回を越える日が何日も続いた。

 


 

『そうゆう人たち-秘められた人生活性化へのヒント-』
著者-三条杜夫
フリーアナウンサー・放送作家・ノンフィクション作家活性化講師
発行所-SSP出版  姫路市飾磨区英賀西町1丁目55
TEL:0792-36-3631 FAX:0792-37-0700
定価 1500円(本体1429円+税)